天然薬草染め商品

世界各地の様々な伝統医学が、今日も現役の医学として多くの人々の健康を支えている。

伝統医学では一般に、薬用植物を用いて疾患の治療、病気の予防、健康の維持や向上を実現している。

近年、大学や研究所などにおいて、東洋医学や、東洋医学的な薬用植物の活用法について、西洋医学的な見地からの研究・実証が進んでいる。
基礎的研究や臨床治験の成績は、質量ともに目覚ましい展開を見せており、東洋医学の有用性を西洋医学的な見地から見ても裏付ける形となっている。
推計学的に有意の差をもって東洋医学の有効性を示すものが多く、基礎医学的研究も、漢方薬の有用性を現代医学的に裏付ける結果を示すものが多いのです。

本当の藍染めの効能も近年見直されてきています。

藍の効果効能 薬としての藍



 藍で染めた肌着は、昔から冷え性や肌荒れ、汗もなどに効果があるといわれます。防虫効果も高く、江戸時代の古布も藍で染まった場所だけ虫食いが無かったり、大切な着物は、藍の風呂敷で包んでしまった…といわれます。また、水虫に効くとか、マムシよけになるとして、手甲伽半を染めていたという話も聞いたことがあります。“藍染の下着や靴下は臭くならない”というのも実感されている方は多いようです。
  藍の歴史でも触れましたが、そもそも草木からとった染料は、布を染めるという以前から、病気に効く、薬として効果効能を追求したもので、太古の儀礼や儀式においては、色そのものに効果が期待されたものでした。それらが長い年月にわたって利用されてきたことを考えると、単なる呪術的な意味だけでなく、実際に効果を期待できたということだと思います。 逆に言えば、漢方、生薬と呼ばれるものの大半は、染料としても使えるという側面を持っています。

 まさに色は命を支えるものだったのです。その中でも特に藍は、さまざまな効能から洋の東西を問わず、薬として認められてきました。中国や日本に昔から伝わる薬学書、『神農本草経』『本草拾遺』『開宝本草』『本草綱目』といった書物には、藍の利用法や効果、効能が事細かに記されています。
 近年でも、林原生物化学研究所などが藍の抗炎症作用、抗菌作用、抗酸化作用についての発表をするなど、改めて藍の効果効能に注目が集まっています。

藍染の歴史
藍は人類最古の染料といわれ、有史以前から人間は藍を使用して染色をしてきました。

藍がいつ日本に伝来し栽培作物になったかは諸説ありますが、

「魏志倭人伝」によれば西暦243年に、倭国から「絳青かとり(こうせいかとり)」が魏王に献上されたとあります。

他方、古墳時代にも古事記、風土記といった文書に、藍に関するものではないかと、類推される記述が指摘されています。
現在藍染めに広く使われている蓼藍(タデアイ)のルーツは、弥生時代、中国南部、もしくはベトナムあたりから、米やその栽培技法とともに伝来したという説もあります。

当初インド藍が薬としてヨーロッパに紹介されていたように、蓼藍も農耕とともに生活に不可欠な薬として米と一緒に渡来したのかもしれません。

「日本書記」には、飛鳥時代(603)、聖徳太子が制定した「冠位十二階の制」において、
紫・青・赤・黄・白・黒の順に冠位が定められたと記されており、

少なくともこの時代には普通に染色技術はあったと考えてよいでしょう。
また「出雲風土記」(733)には、藍が栽培作物であると記されています。


平安時代には、京都の東寺付近で蓼藍・白花小上粉種が栽培されており、「京の水藍」として染色されていた事実からも古くから日本に根づいていたものとしていいでしょう。
冠位が色で定められていた飛鳥時代に、日本に藍染があったことは、史実からもあきらかですが、これは7世紀前半のこと。
すでに2000年前、中国から西域のヨーロッパを結ぶ道として開かれたシルクロードを使って、中国で出来た絹糸が、艶やかな布となって中国から西域へ運ばれていたわけです。
その偉大な道程は壮大な文物の交流の道でもありました。時を同じくして養蚕や染織技術は、朝鮮半島を経由して日本へ伝わりました。「藍」も、このシルクロードによって伝播します。
「蓼藍の来た道」は「稲の来た道」と伝わるように、稲作や蓼藍は、中国から揚子江下流の江南地方から朝鮮半島、日本海を経て、日本へやってきました。

鎌倉時代には、武士が一番濃い藍染を「かちいろ(勝色)」と呼んで戦勝の縁起かつぎに多用したことにより、藍染は、武士の色として定着することになります。室町時代には、庶民に至るまで日本人の衣服や生活財を彩る最も人気のある色になりました。

民俗学の先駆者、柳田国男の名著「木綿以前の事」によれば、江戸時代に入り、木綿が庶民の生活着の主流になると、「村里には染屋が増加し、家々には縞帳と名付けて、競うて珍しい縞柄の見本を集め、機に携わる人たちの趣味と技芸とが、僅かな間に著しく進んで」とあります。


町民が経済力をつけた江戸後期になると、幕末の重度なる「ぜいたく禁止令」にもかかわらず、人々は衣服の華美を競うようになり日本人の衣服は、織、柄、染とともに一段と多彩になりました。

この三者の組み合わせが生み出したファッションは、現在をもってしても到底及ばないほど多彩で創意に満ち満ちています。「染屋」は、「紺屋(こんや)」と呼ばれたように、「藍染」が主体で藍染は専門職でした。

藍は、庶民の労働着から高級な衣装、さらには、暖簾(のれん)や寝具などの生活財まで、あらゆるものを染めるために活用され、暮らしの基本色となっていきました。

明治23年、日本を訪れたラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は、「極東の第一日」に「一般の人が着ている着物地は、紺色が大部分を占めている」と日本の第一印象を記しています。
そして、異国の人達は、この「紺」色をJapan Blue(ジャパンブルー)と呼ぶようになりました。

中国から伝来し、いつしか日本を代表する色となった藍は、国の重要文化財に指定されている「辻が花染」や「茶屋辻染」など、今日でも再現が大変難しいものとされています。

藍染はこうして多くの染織工芸品を生み出し、日本文化に巨大な足跡を残しました。

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